カラコロ工房の歴史
小泉八雲がこよなく愛した松江
明治23年当時、木橋であった松江大橋をわたる下駄の「カラコロ」と響く音に、
八雲は深く心ひかれたというエピソードが
古き時代の香りを残す「カラコロ工房」の命名の由来です。


歴史ある美しき空間に 匠たちの技と心が生きる。

「旧日銀松江支店」

カラコロ工房の建物は、建築家長野宇平治氏の設計により、昭和13年に「日本銀行松江支店」として建てられたものに改築・増築を施し、新しく「匠の館」として2000年春に開館しました。

数々の西欧古典様式をもった銀行建築を世に送りだした長野氏の最晩年の作品であるこの建物は、外観に見られる全面の柱や、銀行として使われていた頃のカウンター、照明、二階部分の回廊、窓に残る格子など当時のままを残しており、なかでも貸展示室として利用されている地下の金庫室に そのまま残る大扉は、この建物が銀行であった一番の名残として公開されています。

初代日銀松江支店

2代目日銀松江支店(建設中)

2代目日銀松江支店(銀行内)

1.日本銀行松江支店時代

1918(大正 7年)3月初代日本銀行松江支店開設(木造二階建)
1938(昭和13年)3月10日既存取り壊しの上、二代目松江支店(現カラコロ工房)竣工
1981(昭和56年)4月三代目松江支店竣工、母衣町に移転。所有が日本銀行から県に移る
1988(昭和63年)2月県から県庁周辺整備基本構想が発表され、旧日銀建物を取り壊し、新たに分庁舎建設が計画される
1988(昭和63年)12月市民有志により、「旧日本銀行松江支店ビルを語る会」が結成され、保存運動が始まる
1989(平成元年)7月県に保存の要望書提出
1990(平成 2年)町並み見学会を数回開催。松江の建物や町並みに関心を持ってもらうことを目的とし多くの市民の参加を得る
1994(平成 6年)2月建物が県から市に譲渡されることになり、再利用のアイデアを市から打診される
1994(平成 6年)12月応募のアイデアをアイデア集にまとめて発行。松江市長に提出
1996(平成 8年)3月島根県から松江市に所有が移る
1999(平成11年)再利用計画がまとまり、改修工事に着手
2000(平成12年)4月22日改修工事が完了し、『カラコロ工房』として再出発

2.カラコロ工房時代

2000(平成12年)4月22日開館
2000(平成12年)6月来館者10万人達成
2001(平成13年)2月第8回「しまね景観賞」大賞を受賞
2001(平成13年)4月開館1周年記念式典 来館者308,587人達成
2002(平成14年)5月第12回BELCA賞(優良建築物表彰制度)ベストリフォーム賞受賞
2003(平成15年)7月来館者100万人達成
2006(平成18年)4月特定非営利活動法人松江ツーリズム研究会が、指定管理者として4年間管理運営を委託される。
2006(平成18年)12月来館者200万人達成
2007(平成19年)1月和菓子づくり体験1万人を達成
2008(平成20年)3月本館前の歩道が完成し正面玄関の扉が開かれる
2008(平成20年)3月本館建設70周年を迎える(10日)
2009(平成21年)3月年間来場者数407,535人を記録(過去最高)
2009(平成21年)7月来館者数300万人達成
2010(平成22年)4月第2期(4年間)の指定管理者として、NPO法人松江ツーリズム研究会が委託される
2010(平成22年)4月カラコロ工房開設10周年記念事業AKI & KUNIKOによる「組曲・神々の国の首都」発表
2010(平成22年)4月カラコロ工房開設10周年記念式典開催(26日)
2011(平成23年)3月来館者400万人達成
2011(平成23年)5月平成19年4月から始まった「こっころサンデー」50回を迎える
2011(平成23年)6月ピンクの“幸運のポスト”運用開始(26日)
2012(平成24年)2月和菓子づくり体験3万人を達成
2012(平成24年)7月まちの駅連絡協議会より「まちの駅」に認定される
2012(平成24年)9月山陰合同銀行 カラコロ美術館開館(25日)
2014(平成26年)2月平成20年4月から始まった「カラコロ文化サロン」62回続き、終了する
2014(平成26年)4月第3期(2年間)の指定管理者として、NPO法人松江ツーリズム研究会が委託される
2014(平成26年)8月来館者数500万人達成
2015(平成27年)3月ガーデンテラスに開閉式屋根を設置
2015(平成27年)4月カラコロ工房開設15周年記念式典開催(26日)
2015(平成27年)11月国の「登録有形文化財」に登録するよう文化審議会が答申
ページのトップに戻る